YouTubeで「心が折れる人」の5つの特徴─続けられないのは、才能のせいではない

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「YouTubeを始めてみようと思ってるんですが、やっぱり大変ですか?」

最近、この手のご相談を承る機会が少しずつ増えてきた。

YouTubeは確かに、発信や収益化の手段として魅力的だ。スマホ1台で始められ、知識や人柄が切り口次第で価値・資産になる。

ただし、「始めること」と「続けること」はまったくの別物だ。

現に、チャンネルを開設して数本で投稿が止まっている人は少なくない。なかには「頑張っていたのに急に更新が途絶えた」ように感じるチャンネルもある。

原因は、才能や根性の問題ではない。YouTubeという環境そのものが、折れやすいのである。

本記事では、なぜ人はYouTubeで折れるのか?

その理由と共通点を、実際に続けている側の視点から分析していく。

第1章:YouTubeが「折れやすい環境」である理由

YouTubeは、始めるだけなら簡単。

スマホで動画を撮影し、アプリで編集(最悪無編集でも◎)、ワンタップで投稿完了。

時間も場所も問わずに発信できる点では、非常に開かれたプラットフォームだ。

だからこそ、誤解されるのだろう。

「誰でもできる」
「やれば伸びる」
「続けるだけで結果が出る」

そのようなイメージが独り歩きしているが実際には、YouTubeの環境そのものが「心を折る構造」になっている。

すべての成果が数値化される

視聴回数、登録者数、高評価、コメント、インプレッション、クリック率など、動画を投稿すると、さまざまな数字が見える。

それ自体はとんでもなく有難いが、同時に「数字で評価され続ける構造」でもある。

自分では手応えのある動画でも、再生数が振るわないこともある。コメント欄に心無い言葉が書き込まれることもあるし、「高評価」が1つもつかぬまま動画が沈むこともある。

このような数字は疲労感となり、確実に蓄積されていく。

比較と沈黙がメンタルを削る

SNS全般に言えることだが、YouTubeは特に「比較」と「沈黙」がえげつない。

他のチャンネルを見ることはできるが、その裏側まで見えるわけではない。とはいえ、

「半年で1万人」
「投稿する度に10万回再生超」

などの投稿・成果ばかりが目に入れば、自分と比較し、無力感に襲われることもある。

さらに厄介なのは、無反応。

再生数ゼロの動画に低評価さえつかない状態は、露骨な批判よりも傷が深まることがある。

第2章:YouTubeで折れる人に共通する5つの特徴

YouTubeへの投稿を辞めた人のすべてが明確に、「辞める」と決めてから行動に移したわけではない。ほとんどの場合、少しずつ離れ、いつの間にか更新が止まっている。

そして、再開のきっかけを掴めぬまま、なかったこととして処理する。

なぜ、そうなってしまうのか。

ここでは、実際に折れやすい人に見られる5つの特徴を紹介する。

① 完璧主義で、全工程を1人で抱え込む

台本作成、撮影、編集、サムネづくり、投稿と告知、コメント対応など、すべて自分で処理しようとした結果、各工程で都度、理想と現実のギャップに苦しむことがある。

これは、はじめから完璧を求める人に多い傾向で、更新頻度が徐々に落ち、最終的には「クオリティを保てないなら出さない方がいい」という思考にすり替わる。

その結果、動画が投稿されなくなり、発信そのものからフェードアウトする。

② 数字に振り回され、承認を求めすぎる

  • 再生数を自分の価値と認識する
  • 視聴者の反応≒外敵評価に依存する

SNSでありがちなループだが、YouTubeは特に数字が可視化されており、小さな変動も一目瞭然。

これに反応する人は、自ずと感情のアップダウンが激しくなる。

やがて、動画を出すたびに心がすり減り、継続できなくなる。

③ 視聴者に寄せすぎて、自分を見失う

「誰にでも好かれたい」
「批判されたくない」

このような思考だと、発信内容が曖昧になり、全てが無難におさまる。

それ自体は悪いことではないが、無味無臭の動画だと無数になる動画の中で誰にも刺さらず、数字も反応も鈍くなるのは必然である。

その結果、「何を出しても響かない」と自己否定に繋がり、発信意欲が薄れていく。

④ 見切り発車で目的が曖昧

  • とりあえず着手するも、何のためにやっているかの点が不明瞭
  • 続ける意味を失い、更新が止まる

YouTubeに限ったことではないが、明確なゴール(誰に/何を届け/どこへ導くか)がないまま始めたところで、中盤からタスク地獄に陥るのが関の山。

その結果、日常に押しつぶされてしまう未来が待っている。

⑤ 孤独に戦い、誰にも相談できない

  • 周囲にYouTubeをやっている人がいない
  • 成果や悩みが共有できず、孤軍状態が続く

特に発信初期にいえることだが、人に相談することさえ怖い状態に陥ることがある。

その点、仲間やサポーター、相談できる相手がいると、ペースを崩したとしても戻ってこられる。

支えがないと、立ち止まったときに再起するのが難しくなる。


次章では、続けられている人との差をその違いを構造面から見ていく。

「折れない仕組み」については、noteでさらに具体的に解説している。

👉【有料note】「YouTubeで折れたくない人へ」続けるための対策とセルフチェックリスト

■第3章:続けられる人は「根性」が違うのではない

ここまでご覧になって、「自分にも当てはまるかも」と感じた人もいるかもしれない。

しかし、該当するからと言ってダメというわけではない。

なぜなら、YouTubeを続けられる人が皆、途中で折れるかもしれない項目にまったく該当せず、特別な才能や精神力を持っているわけではない。

では、淡々と発信を続けている人たちには何があるのだろうか。

彼らに共通するのは、自分と環境に合う仕組みを持っていることだ。

たとえば、

  • 数字に関わらず続けられる基準を持っている
  • 投稿を続けられる生活リズムがある
  • 悩みや迷いを安心して打ち明けられる環境、相手がいる
  • 再生数でなく、売上や成約率で評価している

など、折れづらい仕組みを先に作っている。

どんな人でも気持ちが折れそうになることはある。

事実、私自身も「このまま投稿を続けて意味あるのか」と疑った瞬間が何度もあった。

しかし、再起の方法や原因への対処法を知っていれば、いきなりポキッと折れるのでなく、折れても育てられる場所となる。

この点について、noteにて、折れないための構造設計とセルフチェックの方法を具体的に解説していく。

  • 自分の急所に気づけるチェック項目
  • 心が折れかけても戻れる習慣と仕組み
  • 投稿を無理なく続けるテンプレ設計と視点

単なる精神論でなく、継続の技術に興味がある方に読んでいただきたい。

👉【有料note】「YouTubeで折れたくない人へ」続けるための対策とセルフチェックリスト

まとめ

YouTubeは、頑張れば誰でも成功できる。

無責任にそう説いている講師もいるようだが、実際は「継続」そのものが既に、1つのハードルではなかろうか。

それを「気合い」や「根性」で越えられるのなら、誰も苦労はしない。

必要なのは、メンタルが折れづらい構造と、自分を守る仕組みである。

その有無が、途中で消える人と続けられる人を分ける境界線になる。

あなたが今、

「始めたばかりだけど、不安がある」
「やっているのに成果が出なくて焦っている」
「辞めたいほどではないけれど、しんどい」

そんな感覚を抱いているのなら、折れない仕組みを構築する視点を手にしてほしい。

▼具体的な対策とセルフチェックはこちら
👉【有料note】「YouTubeで折れたくない人へ」続けるための対策とセルフチェックリスト


他にも関連コンテンツとして、以下のnoteもあわせてどうぞ。

“貧乏ゆすり”は才能の証?|経営者に多い“身体のクセ”に潜む本音

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「貧乏ゆすりなんて、見ていて不快だ」
「そわそわしてるだけで、仕事もできなさそう」

そう感じる人も多かろう。

しかしこれは、あまりに短絡的な見方でもある。

実際、貧乏ゆすりは脳が無意識に行っている調整行動の一つであり、集中状態を維持したり、ストレスを逃す“仕組み”として機能しているものだ。

さらにこのクセは、ある種の人たち。

たとえば、経営者やクリエイター、トレーダーのように、「常に判断と決断を求められる職種」の人間によく見られる傾向でもある。

つまり、「貧乏ゆすりの癖」は単なる“悪習”とも言い切れない。

この記事では、「貧乏ゆすり」や「クセ」などの無意識行動を掘り下げ、なぜ、選ばれた人に多く見られるのかを論理的に読み解いていく。

第1章|“貧乏ゆすり”が起きる脳内メカニズム

多くの人は、貧乏ゆすりを「意味のない動作」だと認識する。

けれど実際には、脳が“適切な覚醒レベル”を保とうとする反応に近いものだ。

人間の集中力は、意志の力のみで維持されるわけではない。

ドーパミンやノルアドレナリンといった脳内物質の分泌バランスによって、「過集中」や「気の散りやすさ」は大きく変化する。

その中で、反復的な身体動作(=無意識のリズム運動)は、脳の報酬系や実行系に一定の刺激を与えることで、集中の持続をサポートしている。

たとえば、

  • 会議中に足を揺らす
  • 考え事をしているときにペンをカチカチとノックする
  • デスクワーク中、首を回す・指を鳴らす

こうした動作は、脳が「タスク処理中の自己調整」として自然に起こしているものだ。

つまり、“止めようと思っても止められないクセ”には、機能的な意味がある。

むしろ重要なのは、「なぜそのタイミングでそのクセが出るのか」を観察すること。

そこには、自分でも気づいていない脳の使い方や、ストレスのパターンが見えてくる。

第2章|「クセ」は“選ばれた人”にしか出ないのか?

貧乏ゆすりのようなクセは、「だらしない人」や「注意力が低い人」の象徴とされがちだ。

だが、現実はまったく逆である。

たとえば、高度な意思決定を日常的に求められている人間ほど、常に「過剰な情報処理」にさらされている。その負荷を無意識に調整しようとする過程で、身体に“クセ”として現れる。

特に、自己制御力(executive function)が高い人間に多い傾向がある。

これは「自分を律する力」ではなく、「自分の行動や思考をリアルタイムでモニタリングし、最適化する力」を指す。

そしてこの“自己モニタリング”が強い人は、無意識レベルで緊張と弛緩のバランスを調整しようとするため、その結果として「身体のリズム動作」が生まれやすい。

つまり、クセは怠惰のサインではなく、脳が過負荷に耐えながら高パフォーマンスを維持している証拠でもある。

もちろん、全員にクセが出るわけではない。

だが、出ている人は、必ず“何かと戦っている”最中なのだ。

この視点を持てるかどうかで、「クセを隠すか」「クセを読み解くか」が大きく変わってくる。

第3章|なぜ経営者は“身体のクセ”を持っているのか

「落ち着きがない」のではない。

むしろ、落ち着いている“ように見せながら”内部で処理している情報量が多すぎるのだ。

経営者や意思決定を担うポジションの人間は、常に不確実性と向き合っている。

目の前の出来事に反応しつつ、数手先を読み、チームを動かし、結果を出さなければならない。

そうした環境下では、脳の演算量が一時的に“オーバーヒート状態”に近づくこともある

そのとき、脳が自動的にやるのが「自己調整」だ。

──その出口が、身体のクセとして表面化する

たとえば、以下のようなクセが挙げられる:

無意識に脚を揺らす思考集中・緊張緩和
爪や唇を触る反復動作による自己安定
深く頷く・まばたきが増える入力処理の最中
机やペンを一定のリズムで叩くリズムによる思考促進

これらは、考えているから動くのではなく、動いているから考えが整理される脳と身体の相互フィードバックにより発露するもの。

そう考えると、これらのクセを“治すべき欠点”と認識するのはおかしな話ではないか。

どうせなら、クセの裏にある脳の稼働パターンを把握し、それを自己最適化のヒントに変えてはどうか。

それこそ、伸びる人・止まる人の分岐点になる。

第4章|クセに気づけるかどうかが分かれ道

クセそのものに善悪はない。

だが、クセに無自覚なまま過ごすか、そこから情報を読み取れるかで、行動の質は大きく変わる。

たとえば、

  • 集中力が高まっているときに足が揺れる
  • イライラするとき、ペンを強く握っている
  • 自信がないときほど口元を触る

これらはいずれも、脳の信号が身体に出力された結果だ。

つまり、クセにはその人の「心理状態」や「意思決定傾向」がにじみ出る。

多くの人は、これらのクセを「見苦しい」「直すべきもの」と捉えている。(特に年長者に多い)

しかしならが、自分のクセにラベルを貼り、文脈とセットで整理できるようになれば、メタ認知(自己認識能力)強化につながる。

経営やフリーランスの世界では、

「何にストレスを感じているか」
「どの思考パターンで詰まりやすいか」

など、自己認知のクセを把握できる人間の方が意思決定に無駄がない。

クセをなくすより、クセを使いこなす

そこに、自分の思考資源をどこまで言語化・体系化できるかの差が出てくる。

終わりに|クセは「止めるもの」ではなく「読み解くもの」

ここまで読んで、「自分に当てはまるかも」と感じた人もいるかもしれない。その直感は、きっと正しい。

クセは、ネガティブなものばかりではない。

身体的なクセは脳が出すシグナルであり、あなたの取り扱い説明書の一部である。

どんなとき、どんなクセが出るか。

それに気づくことができれば、ストレスの傾向・思考の偏り・判断の癖まで浮き彫りになる。

つまりクセとは、思考と感情のログである。

本記事では「貧乏ゆすり」を起点にして論理的に掘ってきたが、クセにはもっと多様なパターンがあり、それぞれに意味がある。

そこで、クセごとの心理傾向・脳の資質・対処法をさらに掘り下げた記事をnoteで公開しています。

関連記事:

《“クセ”からわかる、あなたの強みと弱み|経営脳を読み解く無意識行動パターン》

  • よくある無意識動作10選+意味
  • 貧乏ゆすり、口元を触る、指をポキポキ慣らすなど、クセ別に見る脳の傾向
  • 自己分析ワークと資質の伸ばし方
  • 「クセ」を武器化する経営者の思考習慣

👉 https://note.com/bokiko_gyosho

「メモ魔」は本当に仕事ができるのか?記録と成果の因果関係

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メモ魔は本当に仕事ができるのか?記録と成果の相関関係

会議で真っ先にノートを広げる人間が、必ずしも最も成果を出すとは限らない。

その一方で、何も記録しない人間がトップに立つ確率も極めて低い。

この前提について、どれだけの人が実感を伴った理解を得ているのだろうか。

昨今、「メモの取り方」がSNSやビジネス書でコンテンツとして注目されるようになった。

しかし、そこにあるのは手法論の羅列ばかりで、「なぜそれをやるのか?」「それで何が変わるのか?」という本質に対する答えは少ないうように思う。

記録と成果の相関は、決してスキルの問題ではない。そこにあるのは、再現性と検証可能性という視点だ。

そしてそれが、中長期的なキャリア設計において、どれだけ強力な武器になるかを知らないのは損だ。

このブログでは、「メモ魔」は本当に仕事ができるのか?

その問いを、脳機能・行動科学・業務設計の観点からロジカルに解きほぐしていく。

第1章|「記録がある=仕事ができる」は本当か?

「ちゃんとメモ取ってます」

この言葉が信用されるのはせいぜい学生のうちだろう。

中堅以降のビジネスパーソンにとっての記録とは、残し方でなく、活用の有無・内容こそ評価対象となる。

たとえば、打ち合わせ後に「議事録は?」と聞かれ、「メモは取りました」と返す人間がいる。

恐らく、この手の人は「記録≠成果」の構造を理解できていないのではないかと思う。

記録は記憶再生の備えでなく、次に活かす資源だ。

では、どうすれば記録が成果につながるのか?ポイントは2つだ。

① 記録の「フォーマット」は思考のクセを示す

記録が上手い人ほど、定型化されている。言い換えれば、毎回ゼロから考える手間を記録によって省いている

たとえば、商談や打ち合わせのたびに「Who/What/Why/Next」でまとめている人がいたとする。

この人がとったメモは、本人不在でも再現可能で、次のアクションにも直結する。

それに対し、思いつきで行き当たりばったり。キーワードばかり羅列する人の記録は、記録した本人でさえ何を、どこに書いているか迷う(読めないこともある)

つまり記録とは、再利用可能な情報資産であり、書いたから偉いとか、残したから丁寧などの評価軸は、プロの現場では機能しない。

② 思考は、記録なしで再生できない

脳科学的に言うと、人間のワーキングメモリには限界がある。

しかも、論理敷こうな人ほど、脳内では頻繁、かつ、複雑に情報を組み替える傾向があり、1度書き出さなければ処理効率が落ちる。

喩えるなら、記録は脳内キャッシュの退避先であり、それがなければ、判断や分析のパフォーマンスが下がる。

メモを取る時間がないのでなく、記録なしでは回らないが正しい。


まとめると、

  • 成果につながる記録は「定型」×「再利用」可能
  • メモは行動設計に繋げるアウトプットとして活用
  • 頭の良し悪しに関わらず、仕組みとしての記録管理が肝

この構造を理解せず、漠然と「メモ魔が偉い」と考えているうちは、いつまでも“できる風”止まり。

次章では、「成果を出す人が実際にどんな記録の取り方をしているのか」具体例を交えて掘り下げていこう。

第2章|「記録が成果に直結する人」は何を書いているのか?

結論から言うと、「できる人」の記録には3つの共通点がある。

  • 事実(何が起きたか)
  • 解釈(どう捉えたか)
  • 次の一手(何を、どう変えるか)

これを自然に回している人ほど、記録が「ただのメモ」では終わらず、仮説検証のループとして機能している。

事例1:売上が安定しているフリーランスの記録

ある業務委託型のWebディレクターは、毎週月曜の朝、前週1週間のうち、想定外だったことを3つ書き出し、本来どう対応すべきだったかを記録している。

特別感のない反省メモのように見えるかも知れないが、実際にその修正策をタスク化し、次週に反映している。

結果として、

  • 自分を客観視することで盲点に気づける
  • 同じ失敗を繰り替えさない
  • 習慣化によりPDCAが記録ベースで回る

つまり、記録を使った自己最適化の一種として機能している。

事例2:中間管理職がチームを動かすための記録

とある営業マネージャーは、週次ミーティング後、メンバーごとの温度感・発言・リスク要素を簡潔に記録している。

人事メモのようだが、その記録をもとに翌週のアサイン内容・接し方を変えている。

「○○さんは指示の解像度が低いと動きが止まる」
「△△さんは質問形式で渡すと主体的に回る」

こうした情報が蓄積されることにより、感覚優位のコミュニケーションから、戦略へと昇華していく。

成果につながる記録は「思考の可視化」

上記の例に共通するのは、メモを過去のログにとどめず、未来設計に用いていること。

  • どの情報を記録するか
  • 記録の方法
  • 何のために記録するのか

この3点が明確になっている記録は、内容そのものより、活用時に価値を生む。


成果を出す人間は、記録内容と同期を無意識に紐付けている。

逆に、とりあえずでメモした記録は息をしていないかもしれない。

第3章では、なぜ、メモ魔だけでは成果を出せないのか?その典型パターンと構造的な原因を見ていこう。

第3章|「記録しているのに成果が出ない人」の共通点

こまめにメモを取っていると主張しながら、行動に変化が見られない人がいる。

なぜ、努力している感はあるのに、結果が伴わないのだろうか。

その理由は単純だ。記録をアウトプットでなく、安心前提で行っているからだ。

記録=セーフティネットになっていないか

人は、情報を記録すると、一時的に処理した気になる。

しかし実際のところ、書いた時点ではまだ処理されていない。

メモ帳に転記した、議事録をコピペした、フレーズを写経した。これらはそれ単独で完結し、その後の行動・思考につながらないケースが多い。

つまり、「記録したからもう大丈夫」と安心し、考えることを手放しているのだ。

思考が記録に委託されると、行動は止まる

  • 会議中のメモは完璧
  • 要点が整理されている
  • 次のアクションは決まっていない

このような記録は、状況説明には役立つものの、結果につなげる道具としては未完成。

次に活かすには、記録の先に「思考と決断」が組み込む必要がある。

情報密度が高い人ほど陥る「記録中毒」

論理思考で知識量が多いほど、情報を残すこと自体に価値を感じる傾向にある。

けれど情報は、蓄積ではなく、選別して行動に変換することにより意味を持つ。

  • アレも残したい
  • これも役に立ちそう
  • 念のために保存しておこう

この姿勢は一見堅実に見えなくもないが、過剰な記録は意思決定は鈍化する。

情報がなさ過ぎるのも問題だが、持ちすぎても人は動けなくなる。

記録魔ほど動けない。これが現実である。

記録の質=どれだけ捨てているか

成果を出す人の多くは、捨てる技術が高い。

どういうことかというと、すべてを記録せず、残すべき要素を的確に抽出し、それ以外は意図的に捨てている。このフィルタリングがあるからこそ、記録が行動に直結し、判断材料になる。

逆に、何でも記録していては非効率であり、判断を阻害しかねない。

第4章|仕事とキャリアを回す「記録の設計図」

これまで見てきた通り、成果に結びつく記録には共通点がある。

言い換えるなら、その共通点さえ押さえれば、記録が武器に変わる可能性が高い。

この章では、成果につなげるために必要な、誰でも使える基本のフォーマットを提示する。


最低限押さえるべき3ステップ

成果につながる記録には、以下の要素を集約すべし。

  • 事実(Fact)
  • 意味づけ(Why)
  • 次の行動(Next)

たとえば、ある会議において当フォーマットを使用する場合、

事実クライアントはコスト<納期重視
意味づけ前提条件の確認が不十分だった
次の行動自壊から初回接触時に優先事項を確認

というように、現場知の蓄積ができ、再現性ある意思決定が可能になる。

フォーマットは自分で進化させることが前提

フォーマットをそのまま使用するのも構わないが、すべての業種・シーンに馴染むとは限らない。

そのため、あなたの職種・ステージ・仕事内容に合わせて調整する必要がある。

たとえば、

  • 営業職:疑問/課題/提案/クロージング
  • 管理職:状況/感情の兆し/対応/影響
  • 個人のスキル習得:学び/引っかかり/明日仕える形で

要は、思考と行動が接続されていれば良し。それさえ破綻しなければ、どんな形であれ機能する。

テンプレートに従うことが目的なのではなく、思考コストを減らすための記録である。

その記録は「再現可能な意思決定」に変換できるか?

最終的には、自分がいなくてもその記録が使えるか?の視点を持つこと。

  • 誰が読んでも再現可能
  • 3か月後に読み返しても、当時の判断基準が明確
  • それにより次の一手をすぐに引き出せる

このレベルで記録することができたなら、立派な「知的資産」だ。


記録とは、未来の自分と交わす“契約”に等しい。

その契約書に意味があるかどうかは、「実行されるかどうか」でしか測れない。

終章|「記録」は、成果を積み上げるための“再現装置”である

ここまでを振り返る。

記録は、ただのメモではない。思考と行動の履歴であり、未来の判断材料である。

成果を出す人は毎回、完璧な判断をしているわけではない。

過去の思考と選択を「再利用できる状態で残している」にすぎない。

書き方ではなく「残し方」から

  • 単なる備忘録で終わっていたメモ
  • 書いて満足するだけの議事録
  • 情報収集でびっしりなノートアプリ

正しく活用できるようになると、これらが意思決定のナビゲーターに変わる。

1日の動きや1週間の結果が変化し、半年後の選択肢が増えていく。

あなたの思考ログを記録として積み上げられるかが次のフェーズの条件になる。

行動を変えるには仕組み化が早い

目標設定や習慣化、業務改善など、成果に差が出るのは、振り返ることができる記録の有無だ。

  • 自分の思考傾向
  • 失敗のパターン
  • 成功要因
  • 他者との関係性の変化

これらをあとから見直せる形で残すだけで、意思決定の精度は一段階上がる。

記録はコストではなく“投資”

1日5分の記録が、未来の30万円案件につながるかもしれない。

3行の気づきが、過去の失敗を二度と繰り返さない保険になるかもしれない。

記録とは、未来の自分に対するレバレッジの一種だ。

その価値に気づけるかどうかで、キャリア設計の精度は変わる。

有料noteのご案内|「記録から成果へ」完全フレーム

今回の事務所ブログでは、「記録が成果につながる構造」について、論理ベースで全体像をお伝えしました。

ここからさらに

  • 実際の記録テンプレート
  • 業種別の使い分け例(士業/営業/フリーランス等)
  • 習慣化のコツと記録疲れへの対処法

など、より実践的かつ再現性ある記録法を知りたい方は、以下のnoteをご覧ください。

【有料note】記録が成果につながる「思考の再現フレーム」
メモ魔で終わらない記録術|成果を生む思考の再現フレーム設計図|ヲタク行政書士®榊原沙奈

「行動を変えたい」と思った今が、仕組みを見直すベストタイミングです。

メモの“取る”から“使う”へ。

その第一歩を、今ここから。

「歩きスマホ」をする人はなぜ管理職に向かないのか?|無意識の行動でわかる“出世の限界”

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歩きスマホをしている人を見ると、危ないとは思うが、同時にこうも感じる。

「この人、仕事できないタイプかもしれない」と。

もちろん、スマホを見ている理由なんて人それぞれだ。

重要なメッセージが来ているのかもしれないし、緊急の業務連絡かもしれない。

だが問題は、「なぜ今、それをしているのかを問わないまま」「自分の都合だけで行動している」という構図にある。

この構図は、職場でもそっくりそのまま現れる。

無意識の行動には、その人の思考のクセ、他者への認知、優先順位のつけ方までが透けて見える。

その行動が日常で表れているなら、仕事で無意識にやらかしている可能性は、限りなく高い。

本稿では「歩きスマホ」を題材に、管理職や経営者に必要な“視点”や“制御力”について掘り下げていく。

もしあなたが「なぜ昇進できないのか」「なぜ部下にイマイチ信頼されないのか」と感じているなら、その答えは、足元に転がっているかもしれない。

第1章:歩きスマホは「情報処理の遅延」を引き起こす

歩きながらスマホを操作する。簡単に言えば、マルチタスクだ。

ただし、ここでいうマルチタスクは「同時に複数のことができる能力」でなく、「同時に複数のことを中途半端にやっている状態」を指す。

人間の脳は、視覚・注意・判断といった処理を同時にこなせるようには設計されていない。

歩くという動作は無意識でも、周囲を確認し、方向を判断し、進行を制御するには、相応の認知リソースが必要になる。

そこにスマホの通知や文章の読み取りをねじ込めば、当然ながら脳のリソースは分散される。

結果、判断力・反応速度・記憶保持力が低下する。

つまり歩きスマホは、「今、自分がどれだけ処理能力を落としているか」にすら気づけない状態を自分でつくっているのと同じこと。

これはビジネスにおいて、致命的だろう。

たとえば会議中、複数の情報を並行処理しているつもりで、本質的な議論の流れを見失う。あるいは、資料を読みながら指示を出すことで、結果的に部下にも誤解を与える。

情報過多のこの時代に求められるのは、処理能力より、処理しないものをを選ぶ力ではないか。

歩きスマホはその逆を行っている。

優先順位を見誤ったまま、全てをながらでこなそうとするその癖が、キャリアの足を引っ張っているとしたら、少し、恐ろしくはないだろうか。

第2章:「自分優先」「周囲への配慮ができない」行動の現れ

歩きスマホは、単なるマナー違反で済まされる話ではない。

それが職場における行動にどう影響するかを考えたとき、最も顕著なのが「他者視点の欠如」だ。

混雑した駅や商業施設など、人が多い空間でスマホを見ながら歩くのは、周囲の流れを読まず、全体への最適化を無視する行為と言える。

本人には悪気はない。

しかし、悪気がないということは、その状況下における自分の行動が、他者や環境に与える影響をまったく想像できていないということでもある。

これは職場でも同じことだ。

たとえば、部下の報告中にPCの画面から目を離さずに「うん、聞いてるよ」と返す上司。あるいは、チーム全体の進行状況を把握しないまま、自分の都合だけでスケジュールを動かす管理職。

これらはまさに、歩きスマホと同じ思考回路で動いている。

管理職に求められるのは、先回りの思考と空間認知、そして“他者基準”で考える力だ。

自分の快適性でなく、いま、この場全体の最適は何か?を問う視点である。

にもかかわらず、日常的に歩きスマホをする人は、少なからずこの視点に慣れているとは言い難い。

自分中心の行動は、無意識に信頼を失う。

そして、信頼を失った管理職が組織に与える損害は、想像以上に大きい。

歩きスマホを「ちょっとしたクセ」で済ませられない理由が、ここにある。

第3章:共通点は「マルチタスク幻想」器用なつもりで、全てが中途半端

歩きスマホをしている人の多くは、こう思っている。

「自分はこれくらい同時に処理できる」「ながらでも問題ない」と。

けれど現実は、マルチタスクをしているつもりになっているのは本人だけで、ひとつひとつの質を落としているに過ぎない。

人間の脳は、基本的にひとつずつにしか集中できない仕様だ。

歩く、考える、判断する、反応する、入力するなど、これらを同時にこなそうとすれば、当然どこかは質が落ちる。

歩きスマホ中の人が急に立ち止まったり、人にぶつかったり、道を見失ったりするのは、その証拠だ。

これはビジネスでも同じ。

「確認しながら指示を出す」「打ち合わせしながらSlackもチェック」「電話しながらメールも送る」

一見、仕事ができる人に見えるかもしれないが、実際はどれも中途半端で、肝心なところが抜けているケースが少なくない。

なのに本人は、「自分はきちんとやれている」と思っている。

これこそ、マルチタスク最大の厄介さである。

パフォーマンスが下がっている自覚がない。優先順位がズレていることにも気づかない。

タスクが捌けているように見えるだけで、本質は“薄く広く散っている”だけ。

本当に成果を出す人は、やるときは一点集中し、切り替えは一瞬でスイッチする。ずっとマルチタスクで走り続けているわけではない。

歩きスマホのように、「なんとなくやり続けている状態」を続ける人は、思考も成果もどこかでブレる。だからこそ、1度立ち止まり、自分の行動パターンを見直すことをオススメしたい。

でなければ、他をどれだけ頑張ろうと評価に届かないからだ。

第4章:「ついやってしまう行動」には、“思考のクセ”がそのまま出る

歩きスマホを責める意図はない(危ないので注意はしたけども)

ただ、スマホの操作云々より、無意識の選択に注目していただきたい。

人は、思考のクセを変えない限り、行動パターンも変わらない。

逆に、日常の些細な行動を観察するだけで、当人の思考傾向が驚くほど明確に見える。

たとえば、

  • なぜ今、その通知を見る必要があるのか?
  • なぜその場で返事をしなければならないのか?
  • なぜ“見られている”とわかっている場面でも、スマホをいじるのか?

これらを一度でも言語化して考えたことがあるだろうか。

ビジネスで成果を出す人、組織で信頼される人に共通するのは、こうした無意識の選択に対し、「なぜ自分はそう動いたか」を整理する習慣があること。

彼らは、自分のミスや無駄、クセを放置しない。

なぜなら、そのわずかなズレが、数か月、半年、1年後の評価や信頼を左右することを知っているからだ。

管理職や経営層に求められる力は、スキルや経験だけではない。

自分の無意識を見直し、修正できるかという、地味ながら決定的な思考のメンテナンス力である。歩きスマホをしたことだけで、昇進できないわけではない。

あなたがもし、「部下との距離感がうまくつかめない」「報連相がスムーズに回らない」「成果に対して評価が低い」と感じているなら、一度、自分の無意識の行動を見直すといいだろう。

そのクセこそが、あなたのキャリアの成長を止めている、最も根深い原因かもしれないのだから。

無意識のクセは、ただの“癖”ではありません。

それはあなたの判断軸、優先順位、対人距離感、そして、キャリアの天井をも示すものだ。

有料noteでは、そうした“日常の行動パターン”を丁寧に読み解きつつ、キャリア設計にどう活かすか?の視点で解説している。

行動を変えるのでなく、理解して武器にするヒントが欲しい方は、ぜひご覧ください。

【行動分析から導くキャリア設計|クセを武器に変える技術】